講談と浪曲 — 落語とどう違い、どこで聴けるのか
当サイトが扱っているのは落語だけではありません。講談と浪曲も同じように掲載しています。この三つは同じ寄席の高座に上がり、演者どうしの交流もありますが、芸としてはまったく別物です。違いがわかると、番組表の見え方が変わります。
落語 — 会話で聴かせる
扇子と手ぬぐいだけを小道具に、座ったまま一人で何人もの人物を演じ分けます。首の向きを変えるだけで登場人物が入れ替わる。落語の中心にあるのは「会話」で、物語を説明するのではなく、登場人物どうしのやりとりを聴かせることで話が進んでいきます。オチ(サゲ)で終わるのも落語の形式です。
講談 — 読んで聴かせる
講談師は「釈台(しゃくだい)」という小さな机を前に置き、張り扇(はりおうぎ)でそれをパパンと打ちながら語ります。この音が講談の拍子を刻みます。落語が会話なら、講談は「読み物」。演者は物語の語り手として、合戦や仇討ち、義士伝、あるいは実在の人物の生涯を、講談独特の張りのある調子で読んでいきます。
とくに合戦の場面を早口で畳みかける「修羅場(しゅらば)読み」は講談の花形で、意味を追いきれなくても音の勢いで押されるような迫力があります。長い物語を何日もかけて読み進める「連続物」という形式があるのも講談の特徴で、当サイトにも「連続講談◯◯を読む⑥」といった回数つきの会が並びます。
東京の講談界には講談協会と日本講談協会という二つの団体があります。落語と同じく前座・二ツ目・真打の身分があり、真打昇進や襲名も行われます。
浪曲 — 節と啖呵、そして曲師
浪曲(浪花節)は、三味線の伴奏にのせて物語を語る芸です。歌う部分を「節(ふし)」、台詞の部分を「啖呵(たんか)」と呼び、この二つを行き来しながら物語が進みます。落語や講談と決定的に違うのは、演者が一人ではないこと。三味線を弾く「曲師(きょくし)」との二人でひとつの高座が成立します。
曲師は譜面を見ているわけではなく、浪曲師の呼吸に合わせてその場で伴奏をつけていきます。だから同じ演者・同じ演目でも、曲師が変われば聴こえ方が変わる。当サイトの出演者欄で「(曲師・◯◯)」と括弧書きになっているのは、この相方の名前です。
連続物という楽しみ方
講談と浪曲には、落語にはあまりない形式があります。長い物語を何回かに分けて読み進める「連続物」です。当サイトの掲載でも「第三回」「⑥」といった回数つきの会が並びますが、これは同じ演者が同じ物語を続きから読んでいるという意味です。
途中の回から入ってよいのか、と心配になるかもしれません。実際には、その回のはじめに前回までのあらすじが語られることが多く、初めての人が置いていかれることはあまりありません。とはいえ、最初から通して聴いたときの積み上がり方は連続物ならではのもので、月に一度そこへ通うという習慣ができると、寄席演芸との付き合い方がひとつ深くなります。
連続物は小さな会場で開かれることが多く、木戸銭も2,000円台が中心です。何十人かの客が毎月同じ席に集まって続きを聴く——という光景そのものが、この形式の面白さでもあります。
どこで聴けるか
いちばん確実なのは、浅草の木馬亭です。ここは浪曲の定席で、毎月きまった期間、昼の12時30分から興行が組まれています。木戸銭は2,500円、25歳以下は半額。浪曲を初めて聴くなら、ここに行けば間違いありません。
講談は、四大寄席の定席番組に講談師が組み込まれているので、落語を聴きに行けば自然に出会えます。加えて、講談だけを集めた独演会や勉強会も数多く開かれています。当サイトの掲載でも、連続物を読み進める会や、二人会の形をとる会がよく登場します。
また、四大寄席の定席のなかには、夜の部の主任に講談師が座る回もあります。落語を聴きに行ったつもりが講談で締められた、ということも起こりうるわけで、これも寄席の面白さのひとつです。
当サイトでは芸人さがしで講談協会・日本講談協会・日本浪曲協会の所属で絞り込めます。日付から探すなら公演カレンダーをどうぞ。